Ecological Epidemiology:ECOEPI(えこえぴ)とは?
昆虫・動物と人のインターフェイスにある感染症を対象とした研究領域を"Ecological Epidemiology"、略して「えこえぴ」と名付けた。
1980年世界保健機構が天然痘の根絶を声高らかに宣言し、感染症はもはや人の手によって制御できるモノであると思い込んでいた。しかし、その後、HIVやSARS、新型インフルエンザ等が出現し、瞬く間に全世界に広がり、感染症の時代を迎えた。病原菌や農業害虫に対する抗生物質や農薬の発明は一時的に機能したものの、薬剤耐性の進化によって無効化され、新薬開発と耐性株進化のいたちごっとという更に厄介な問題をもたらした。医療体制や防疫体制も整った2014年でさえ、西アフリカはエボラ禍に見舞われ、日本ではデング熱が流行し始めている。南米を中心に流行したジカ熱はリオオリンピックの開催と相まって、世界中に大きな不安を与え、感染症は人類の築き上げてきた文化にも危機的な状況を与えることを目の当たりにさせた。これらの新興・再興感染症に対しては、ワクチンはおろか、その治療法も存在しない。私達に残された手段は、表面的な症状の消失あるいは緩和を目的とする対処療法のみとなっている。今後、これら感染症の流行を阻止し、制御するために重要な課題の一つは、それらの「定量・予測」である。そして、定量や予測を行う為にはウイルス流行や進化を記述する数理モデルやコンピュータシミュレーションが希求されている。もちろん、現在までいわゆる“理論疫学”という分野は活発に研究され、国の疫病対策に多大な貢献をしてきた。しかし、近年流行している感染症の多くは、昆虫媒介性であったり、人獣共通であったりという側面を持っている。高度に発展した人の文明は生態系を変動させ、人口爆発に伴う都市化は一昔前では考えられなかった動植物や昆虫とヒトとの接触をもたらし、予想しなかった感染症の流行を助長させている。この様な感染症の流行メカニズムを理解し適切に対応するためには、昆虫や動物の生態はもとより、変わりゆく世界における進化的、生態的応答を理解すること、そしてその知見を疫学分野にフィードバックすることが必要である。私達はこの様な国内外の現状と時代の要請を受け、ECOEPI(えこえぴ)という新しい分野を2016年の4月に設立した。科学史に残る、非凡な研究を展開していきたい。
ECOEPI(えこえぴ)研究の展開
数理生物学、生態学、集団遺伝学、物理学、応用数学、感染症疫学、ウイルス学など様々な分野からメンバーおよびアドバイザーとして専門家を集結し"Virtual Institute:仮想研究所"を設立した。数理モデルとコンピュータシミュレーションを駆使して疫学データや遺伝子配列データの解析を行い、昆虫・動物と人のインターフェイスにある感染症を対象とした研究を進めて行く。毎年開催する「えこえぴワークショップ」では、メンバーとアドバイザーに加え寄生虫や疫学に関する生態学・進化学分野で際立った研究を進めている研究者を招待し研究発表を行うと共に、それぞれの時点でのえこえぴ研究の評価と今後の方向性について議論する。また、国内外の学会・研究集会では、Ecological Epidemiologyのトップランナーを招聘した関連ワークショップを提案・実施していく。対象とする感染症は限定せずに社会的な要請に応じて研究を進めるが、特に、インフルエンザやデング熱、マラリアに関した話題には積極的に取り組んでいく。気候変動や都市化といった人間活動に起因する環境変化が病原性生物やその媒介生物の生態に与える影響について研究を進め、その帰結としてのヒトへの感染症例や人間社会への波及効果を調査していく。さらに、我々の研究を広く普及し社会に役立てるため、アウトリーチ活動を積極的に行う。その1つとして“Virtual ECOSYSTEM:仮想生態系”と名付けた取り組みを進める。
仮想生態系ではゲーム的な要素を極力排し、生態学的、感染症疫学的知見に基づいた生物のダイナミクスを表現している。地球生命圏の縮小版として、自然の成り立ちや人間活動のインパクトを学ぶ機会を提供し、ECOEPI(えこえぴ)に対する社会的関心を高めることに努める。EcologyとEpidemiologyの境界領域を広く深く掘り下げ、どちらの分野にとっても有益な研究成果として還元されることを期待している。
研究費支援
平成30年度 経済産業省 「未来の教室」実証事業
研究代表者:井上浄(株式会社リバネス・代表取締役副社長CTO/慶應義塾大学薬学部・客員教授/熊本大学薬学部・先端薬学教授)研究分担者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)
“科学のワクワクから学びへの連結(①99秒科学動画PF構築・有効性実証、②オンラインインタラクティブコンテンツの有効性実証)”
平成29年度~30年度 新学術領域研究 (研究領域提案型・ネオウイルス学)
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)連携研究者:立木佑弥(京都大学ウイルス・再生医科学研究所)
“データサイエンスによるウイルスエコ・スフィアーのシステム的理解”
平成29年~31年度 若手研究(B) (生態・環境)
研究代表者: 立木佑弥(京都大学ウイルス・再生医科学研究所)“個体の代替生活史意思決定が個体群に波及する効果の解析:データ駆動型モデリング”
平成28年~32年度 基盤研究(B) (生態・環境)
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)研究分担者:立木佑弥(京都大学ウイルス・再生医科学研究所)
“遺伝子配列に刻まれた宿主と病原体の攻防を読み解くビックデータ生態学の創成”
平成30年度 九州大学 大学発ベンチャー事業シーズ育成支援プログラム
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)“Virtual ECOSYSTEM.eduを用いた生態学教育支援アプリの開発:体験して学ぶをコンセプトに”
平成29年度 稲盛財団研究助成金
研究代表者:JUSUP, Marko(北海道大学・附属社会創造数学研究センター)“生物資源のロバスト管理のための数理生物学”
平成30年度 長崎大学熱帯医学研究所・一般共同研究
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)“フィリピン諸島におけるベクターコントロール戦略の提案”
平成29年度 長崎大学熱帯医学研究所・一般共同研究
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)“メタ個体群動態に基づいたネットワーク上の感染症流行の定量的解析”
平成28年度 長崎大学熱帯医学研究所・一般共同研究
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)“数理モデルを用いたデング媒介蚊の遺伝分化・流動動態の定量的予測”
平成27年度 長崎大学熱帯医学研究所・一般共同研究
研究代表者:岩見真吾(九州大学大学院理学研究院生物科学部門)“数理モデルを用いた抗体依存性感染増強によるデング出血熱のリスク評価”
平成29年~31年度 特別研究員奨励費PD(生態・環境)
研究代表者:山口諒(首都大学東京理学研究科)“ゲノムデータと種分化モデルの統合:新種形成を促進する形質の特定へ”
平成30年~32年度 若手研究(生態・環境)
研究代表者: 山口諒(首都大学東京理学研究科)“種間相互作用による非適応的放散の新理論と検証”